こんにちは
アラビア語オンライン&ハープ書店のライラです。
ふと暇なときにあたまのなかで転がしたくなる言葉っていくつかお持ちではありませんか?
ちょっとまえまでは、女子力っていう言葉のよくわからないところがきなって、暇なときに頭の中を転がっていっていました。
先週はミトコンドリアが頭の中をたまに転がっていきました、みとこん のあとにドリアがついているのでおいしそうだなと思ったりね。
何回かミトコンドリアについて何かを記そうと思ってはいたのですが、結局何もせずに一週間が終わってしまいました。
べつに、何にもすることがなかったというわけでもなく、逆に年末でもないただの一月の末なのになんでこんなにも一時間単位で予定がはいって
いるのだ、、、とそんなスケジュール建てを作った自分で自分をどうにかしてると思いながら過ごしていました。
でも、人と関わることにあまり気持ちを入れすぎないで少しひいていたらいいんじゃないかということに気が付いてそれを実践したら
エネルギーがあんまり減らなくなるというそんなことを知ってしまって、それで勢いあまってそんなスケジュール建てになってしまったのです。
そこらへんは何か考えないといけないとおもいつつ。
そんなところで最近頭の中を転がるのが、国語力です。日本語力だったら結構ありますよとネイティブなところを生かせると思うのですが、、、
国語力です。
あいまいだなと思わずにはいられないです。
自転車に乗れてすいすいこぐことができているのに、なぜあなたは自転車にのれるようになったのかものすごく細かく思い出して、筋道をたててそれを並べてくださいと
言われているようなそんなまどろっこしさを感じずにはいられないのです。
国語力よりは、今もっている日本語のネイティブとしての能力を生かして。古代日本の和歌について考えたり、創作をしたりすることは
ずっと楽しい。
その昔紀貫之がいっていたそうです。和歌にはものすごい力があるって。
たぶん日本語には言霊が宿るということをいうときに、その考え方のもとになるようなこととして、引き合いに出されるのがその昔紀貫之が
いっていた、和歌に宿る言葉の力についてだと思います。
もう少し詳しくいえば、紀貫之は古今和歌集の選者をつとめた人の中の一人で、中心的な役割を果たしていたのです。
古今和歌集の選者は、紀友則、紀貫之、凡河内躬恒、壬生忠岑。
古今和歌集のはじめには、仮名序というのがかかれていてそこには「和歌とはどういうものなのか」ということについて書いてあります。
ウィキペディアに、読みやすく漢字まじりでかかれていますが、本来はすべてひらがなで句読点なしでかかれています。
やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける 世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり 花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける 力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり・・・ wikipedia
詳しいことは「古今和歌集」を手にとってもらうのが一番だとおもうので、歌の一つずつの解釈についての本屋、古今和歌集を生涯の
研究テーマとしてきた著者による本が良いと思うので、こちらに紹介をしておきます。
了解 古今和歌集 「この歌集の詞と心を解き明かす」今井優(いまいゆたか)
そんな古今和歌集の中から百人一首に選ばれた一首をごしょうかいします。

雪がふるような季節に青々と目をだす若菜というのはそれだけで、生命力を感じます。
冬に生えてくる青菜は旬のたべものですので、積極的に体のあたたまるお吸い物などにして食べて元気に過ごしましょう。
このように優雅に、雪が降りそうな季節若菜を探して野原をゆくという優雅なことはなかなかし難いこともあろうかとおもいますので、
ここは現代の食料調達場所である近所のスーパーマーケットの力を借ります。大根。
大根の汁物は夜遅くにお腹がすいたときなどに食べてもまったく太らないし、よく眠れます。
夜というのは、静かな時間で集中できる反面、冬なので寒いです。そこで大根スープを飲むと、身体があたたまり
お腹もいっぱいになって(太らずに)快眠ができるという素晴らしい食材なのです。








